私の黒歴史 

お題「わたしの黒歴史」

父親が理系の頭で母親が文系でその間に生まれて

両方の性格は受け継いだみたいに思う

一つ共通しているのは「愛想がない」ということ

 

愛想がないということを突き詰めていくと

トドのつまりは「自分のことしか考えていない」という事になる

相手を思いやる 楽しくさせる 相手の立場に立って考える なんてことはしない

自分が楽しさをもらうのは当然だと思う 相手に返さない

 

「自己虫」なのだ

 

相手のこと第一に考えるなんて面倒臭い

自分のことは自分でやればぁ! 俺は知らないよ

って感じだ

それと言って他人が何もしてくれないと怒る

誰も助けてくれないと文句を言う

 

話が横道にそれるが

母親の母親(私の祖母にあたる)はかなり「愛想」のない人で

道ですれ違っても挨拶もしない 言葉もかけない 喋らない

無口なのか感情がないのかわからない人だったらしい

母親から聞いた話だ

その祖母の子、私の母親も愛想あるわけが無い

父親(私の祖父)は明治時代に役所(役場)に勤めていたくらいだから

ガチガチの堅物で寡黙で愛想があったとは思えない

その娘(わたしの母親)は愛想がないのは当然!?

 

時代がそうだったのかもしれないが

私の母親は他の人(家族を含め)を褒めたことがない

そういう光景を見たことがない

子供心に母親から褒められた記憶がない

ある時、母親に聞いてみたらこんな答えが返ってきた

「褒めるとその人はつけあがって調子にのってよくない

と教育、教えられた」 人は褒めるな!と

 

戦中派に与えられたマイナスの教え

 

それともう一つ

話をしていてひとことめにまず否定する

話の中の欠点しか指摘しない

確かに指摘事項は間違っていないが

話に潤いがない 話していて楽しくない

この次一緒にいて話したいと思わなくなってしまう

 

私の父親はかなり理系男子でクールで数字には強かった

理系男子は母親の話に出てきたように「愛想がない」の典型で

人からパワーをもらう 楽しさもらう はするがその反対はない

自分の持っているものを人に与えることはない

指先が凍る寒い日でも相手に予告なしに温かい缶コーヒーを

手元に差し出すことはない

宴会の幹事をして周りを楽しませることもない

ましてその席で酒を注いで回ることもない

手酌で飲むかコップが空になっていても人が注ぎにくるのを待っている

オモテナシもなければ場を盛り上げることもない

 

「自己虫」なのだ

 

そんな両親の下で生まれ育って私は「愛想がある」わけがない

自分で言うのもなんだが小学校の成績は悪いほうではなかった

数字も苦手ではなかったし文章を書くのも好きだった

ただ成績がいいとすべての役回りもついてくる

人前に立って説明 取り仕切る場面も与えられる

「愛想がない」のだからいわゆるコミュニケーション能力は

ゼロに近いのだ

クラスの代表として取り仕切る場面を与えられて最悪だった

おまけに夏休みの宿題は8月30日に取り掛かる性格で

「先送りの権化」だった

中身がないのに周りから持ち上げられてつじつま合わせに翻弄して

いつ内容の不備がバレるかと恐怖の連続だった

 

小学校時代が私の「黒歴史」の始まりだった